wigglin’ bloggin’: geek cyclist’s mubling

勝利の申し子によるシンプルで力強い物語『ツール・ド・フランス 勝利の礎』

チーム監督として、9年間でツール・ド・フランスで8回の優勝を達成したヨハン・ブリュイネールの著書が和訳されたので、早速読んでみました。発売時は品薄だったようですが、今はどこでも在庫しているようですね。

ツール・ド・フランス 勝利の礎

いつものスタイルで読書してたら、こんなに付箋紙だらけになってしまいましたよ。

「サイクルロードレースファンは必読。以上。」で終わらせてもいい程の傑作で、自分なんぞがコメントする必要は皆無なんですけどね。つまんない感想のようなものを書いてみたので、お暇な方はどうぞ。

ツールで総合優勝を狙う選手やスタッフが、どれだけ厳しいトレーニングや綿密な準備をしているかという事にまず驚かされます。並大抵の事ではないというのはもちろん分かってるつもりですが、こんなふうに具体的な話を読むと、もうひれ伏すしかないというか。あれだけ超人的な素質を持つランスをしても、7連勝という偉業を達成するにはここまで追い込む必要があるのかと。

それがどんなトレーニングなのかは読んでもらいたいので書かずにおきますが、それはまさにアリストテレスの言葉「卓越とは、訓練と習慣によって勝利した芸術である。」を地で行くような地味な作業の積み重ねなんですね。

また、ブリュイネールのチームは機材についてもバジェットを惜しみなく投入する事で有名ですが、TTバイク開発のエピソードも面白いですね。100万ドル以上かけて開発した世界最速のバイクを、ランスは「フィーリングが合わない」という理由で葬ってしまったそうです。なんと贅沢な事かと思いますが、ブリュイネールはこの経験を通して得たものをこう語っています。

 それは、勝利の神髄は自分の心に従うことにある、という真理を確認したことにある。(中略)金や技術、あるいはマネージャーなど、まわりが大事だと騒ぎ立てるようなもの ー そういったすべての邪念を無視できる人間こそが、勝利を手につかめるのだ。

本書では、この「自分を信頼し、常に自分の心に従って決定をする。」という彼の行動原則が執拗に繰り返されるのですが、彼の軸足になるものがまさにそれなんでしょうね。サイクルロードレースというスポンサーの存在が大きい競技において、これを貫くのにどれ程の困難を伴うのかは想像を絶するものがあります。

これ以外にも様々なエピソードが紹介されてて、勝利をつかむチームの運営とはどういったものなのか、その驚くべき真実が明らかにされています。

そして、本書をスリリングなものにしているもうひとつの要素は、選手やスタッフの目を通したレース中の描写です。

ブリュイネールを一躍有名にした1996年ツールでの、崖からの転落事故直前の描写はロードレースのすべての要素を言い表しているように思います。インデュラインやロミンガーといったトップ選手を含む先頭集団で、雨の中で壮絶なダウンヒルを繰り広げている最中の事です。

 目の前にいたロミンガーの後輪まで、数センチもなかった。ロミンガーのタイヤから水が波しぶきのように私の目や顔じゅうにかかる。私は目を強くすばやくしばたかせ、鼻に入った水を出し、顔を背けて何度も何度も口から水を吐き出した。激しく回転するタイヤに砂利や石が跳ねて、時速八〇キロのスピードでぶつかってくる。自転車競技で最も危険で最高の瞬間だ。
 なんて素晴らしい職業だ。
 こんなとんでもないことを仕事にできた私は、なんと幸運なのだろう。

歓喜に打ち震えるブリュイネールの顔が浮かんできます。こんなふうに感じる人間でなければ、この世界でトップに立つ事はできないんでしょうね。この後、彼はカーブでスリップし30メートルの崖下に転落してしまうのですが、その瞬間の描写も鳥肌ものです。

後半はコンタドールとの出会いと2007年のツールのエピソードに多くの紙面が割かれていますね。記憶に新しいこともあり、あそこはそういう戦略だったのかというのが読めて新しい発見も多くありました。もちろん、その年吹き荒れたドーピング問題についての言及もあります。

最後に、本書の核心部分を引用しておきましょう。2007年ツールで、ラスムッセンに敗北した時(ラボバンクに解雇される直前の事)にブリュイネールが選手達に伝えた言葉です。

「落胆するのも当然だろう。それでも私は誇りに思っている……」私は一人一人を見た。私たちは潰れる限界ギリギリまで走ったが、生き残ったのだ。「勝利を手にしようとして、すべてを失ったということを心から誇りに思っている」
 口からその言葉が出るまで、私は自分が何を言いたいのかわからなかった。そして自分の言葉を聞いてはっとし、またそれが真実だということにすぐに気づき、驚いた。勝つために負けるリスクを負うのは構わない。だが、どちらでもない中途半端は、どうしても許せなかった。ツールで何年も君臨してきた私が、自分について新たに発見した一面だった。
 その発見を得たことに、払った犠牲の価値があったといってもよかった。

 

【AD】

You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed.